人気ブログランキング | 話題のタグを見る

義父の死

先週の木曜日26日、まっすぐ家に帰ってご飯食べてから19時半頃から近くの公園にダイエットウォーキングに出かけました。

15分ほど歩いたり走ったりしてたら嫁はんから僕の携帯へ電話。

「すぐ帰ってきて」と。

「とうとうか・・・」と思いました。

すぐに家に帰って妻子と共に義父が入院している病院へ急行しました。

病室に入った時にはすでに義父は呼吸は止まっていました。





去年の5月に僕の父が亡くなったすぐあとに、義父は「腰が痛い」と言い出しました。単なる腰痛かと思っていましたがそうではなく、ガンでした。すでにその時にはかなり進行していたようです。

肺がんだった僕の父はさほど痛みもなく苦しまずに逝きましたが、義父はかなり痛みがあったようです。
それでも持ち前の粘り強さで家族の前では気丈にふるまっていました。

亡くなった日も夕方まではまだ話が出来る状態で、僕の娘(義父からみたら孫)と一緒に歌を唄っていたそうです。僕の妻と義母が病院から帰った後、急に呼吸が弱くなって処置をしてもらったそうですが、結局僕らも義母も臨終には立ち会えませんでした。

高卒後、昭和39年に旧国鉄に入社して車両整備一筋に働いていました。頑固一徹な職人気質と家族に対する大きな愛情を持った人でした。孫が大好きで大好きでたまらない人でした。そんな人が66歳の若さで亡くなってしまいました。


金曜日に通夜、土曜日に葬儀でした。義弟は35歳で立派に喪主を勤めていました。


11年前に結婚しましたのでお義父さんとは11年の付き合いでした。ほんとによくしてもらいました。

まさか二年連続で喪中になるとは思いませんでしたけどね。



お義父さんのお母さん、僕から見たら義理の祖母は92才でまだ健在です。

「私は息子が先に逝ったからいうて泣いたりせえへん」と言っていましたが、結局最後に棺を閉めるまで名残惜しそうなのはそのお祖母ちゃんでした。

棺の顔の部分の扉を最後にお祖母ちゃんが閉める時、「ごめんな、ほな閉めるで。夜になってまうけど堪忍な」と小声で言っていたのが印象的でした。
by tako_suke | 2012-07-30 21:39 | つれづれ
<< 暑い ダイエットその後 >>