米子ラーメン
雪の中、鳥取の米子に行ったついでに、どっすんさんおススメのラーメン屋さんに寄ってみました。
店構えはラーメン屋というよりは普通の定食屋の感じ。

「つりきち」と言う店名の通り、店主が釣り好きみたいで店の中に魚拓が貼ってあります。
常連さんと釣りの話で盛り上がってました。
メニューがとってもシンプル。

ラーメン、みそラーメン、チャーシューメン、みそチャーシュー、ライスのみ。
分かりやすいっ
オーソドックスにラーメンを頂いてみます。

想像通りの昔ながらの醤油ラーメン。
トッピングはモヤシ、チャーシュー、燻製玉子4分の1縦割。
モヤシのシャキシャキ感が良いですね~。
麺はちょっと太めの玉子麺。

とってもやさしい味でした。ごちそうさま~~
店構えはラーメン屋というよりは普通の定食屋の感じ。

「つりきち」と言う店名の通り、店主が釣り好きみたいで店の中に魚拓が貼ってあります。
常連さんと釣りの話で盛り上がってました。
メニューがとってもシンプル。

ラーメン、みそラーメン、チャーシューメン、みそチャーシュー、ライスのみ。
分かりやすいっ
オーソドックスにラーメンを頂いてみます。

想像通りの昔ながらの醤油ラーメン。
トッピングはモヤシ、チャーシュー、燻製玉子4分の1縦割。
モヤシのシャキシャキ感が良いですね~。
麺はちょっと太めの玉子麺。

とってもやさしい味でした。ごちそうさま~~
発言
関西の他の都市(大阪、京都、奈良、和歌山など)に比べてどうしても神戸の弱点(長所なのかもしれないけども)は「歴史が無い」と言う事。アメリカという国と一緒です。
いや、もちろん歴史が無いわけではなくて「よく見ればある」んだけども、どうしても神戸の街は山と海に挟まれた狭い土地に小さな川がいくつも流れて大雨が降るとすぐに氾濫するので農業に向かず、明治に神戸港が開港するまでは小さな漁村が海沿いに点在するだけだったそうです。
いつの頃からかNHKの大河ドラマが観光に大きな影響を与えるようになって、毛利元就の時は広島が盛り上がり、龍馬伝の時は高知が盛り上がりました。
でも考えてみれば神戸が出てくるような大河ドラマのテーマと言えば楠正成か平清盛ぐらいしか無いのです。去年、神戸市立博物館の学芸員の人から聞いた話では、龍馬伝を製作する時に博物館にNHKから連絡があって勝海舟が作った「神戸海軍総錬所」の配置などの資料が無いかと聞かれたそうですけど。
とはいえ、実際は楠正成は神戸の湊川で戦死して、その場所は楠正成公を祀る湊川神社として残っているわけですが、単に「湊川の戦いで戦死してそこに神社がある」というだけで、話のストーリーとして神戸の街が大きくクローズアップされるわけでもないのです。
今でこそ「楠公さん」として神戸の人間には親しまれている楠正成で、足利氏と違って帝に忠誠をつくしたエライ人というイメージでとらえていますが、江戸時代までは現在の壮大な湊川神社の場所に小さな祠が建てられていただけで、それも「歯痛に効く祠」として地元で親しまれていたそうですが、楠正成の功績というのはほとんど伝えられていなかったそうです。
それが「大日本史」を編纂した水戸黄門こと徳川光圀が格さん助さんを神戸まで遣わせて調べさせた結果、改めて楠正成が評価されるようになったそうです。
そして明治天皇の時代になって北朝系の明治天皇は南朝系の楠正成の霊を鎮めるために湊川神社を創建しました。
単なる神戸の観光案内みたいですが・・・
で、今年の大河ドラマは平清盛。きたねきたね~ 楽しみにしてたのよ。
清盛の娘、平徳子を朝廷に嫁入りさせて出来た子どもの安徳天皇の外祖父として清盛が権勢をふるった上に安徳帝を引き連れて神戸の福原に遷都するストーリーになるはずで、大和田の泊の港の整備とか今の神戸の街の基礎の基礎となる話が出てくると思われるので今から楽しみです。
現在では神戸で「福原」と言えば、東京でいう「吉原」とか、岐阜でいう「金津園」とか、滋賀でいう「雄琴」と同義語ですが当時の福原はもっともっと大きかったのです。
そう言えば「せんとくん」と言えば奈良のキャラクターとして有名ですが、そのもっと前に福原のキャラクターとして「せんとくん」が存在したそうです。
数年前までの大河ドラマって妙にジャニーズを使って、その補助に里見光太郎レベルの大御所を配役するって感じで画面にどうしても安定感が無かった気がするけど、最近は確かに男前を揃えるけども個性派俳優を使ってアングルにも工夫があるので面白い。
なんていう評論は飲み屋のカウンターでするようなレベルの話なんだけども、僕が税金を払ってる県の首長がどうも訳の分からんことをいうておるみたいで悲しくなる。
初回の放送を観て、まずは「画面が暗くて見る気にならない」「兵庫県の観光客誘致に影響する」とな。
平安時代の庶民や武士のイメージを出すための手法として僕は良かったと思ったけど、そう思う人もおるんだな。
かなり県庁に抗議の電話が入ったそうで。そりゃそやろ。
いや確かにね、僕が若かりし頃、会社でも資料を作って高齢のエライさんに持って行くと「こんな小さい字、読めるか!見にくいわ!!」と怒られること多かったんです。
それでですね、とっておきの裏技ですけど、プレゼン資料を作る時は必要以上に大きな文字にして見やすいように沢山の色を使ってとにかく高齢者にやさしい資料を作るんです。そしたら結局プレゼンの結果を左右する高齢のエライさんのウケが良くて採用になることって結構多かったんです。
話がそれましたけど今日の知事さんの発言→ 神戸新聞の記事 「兵庫県知事「見直し期待」 大河に改めて注文」
この記事の中で特に気になった所。
自分の考えに盤石の自信を持っておられるようです。
この人、昭和20年8月10日誕生とHPに書いてあるので終戦の日の5日前に産まれた事になる66歳。
県内のたつの市の出身であの丸山弁護士と小学校の同級生らしいです。
そして東大法学部から自治省に入省。
2001年8月に県知事になって3期目。任期は来年まで。
多分、今の任期が終わると引退するつもりでしょう。
今後、関西の行政は橋下氏率いる「大阪維新の会」の動向に大きく影響される事になると思います。
我が県の知事は関西広域連合のリーダーもしているのですが、伊丹空港の廃止を巡って大阪府知事の時の橋下大阪市長と対立した事もあって、「触らぬ神に祟りなし」と任期中は橋下さんにつかず離れずしながらまっとうするつもりでないかと僕は思います。
もうこれは任期までまっとうしてほしくないな。
最後にウイキペディアからこの人の発言集をコピペ
言葉狩りをするつもりはありません。しかし人の発言というのはその人の基本的な考え方を如実に表わすものです。特に知事という立場になると飲み屋のカウンターでしゃべってるおっさんとは発言の重みが全く違いますよね。
いや、もちろん歴史が無いわけではなくて「よく見ればある」んだけども、どうしても神戸の街は山と海に挟まれた狭い土地に小さな川がいくつも流れて大雨が降るとすぐに氾濫するので農業に向かず、明治に神戸港が開港するまでは小さな漁村が海沿いに点在するだけだったそうです。
いつの頃からかNHKの大河ドラマが観光に大きな影響を与えるようになって、毛利元就の時は広島が盛り上がり、龍馬伝の時は高知が盛り上がりました。
でも考えてみれば神戸が出てくるような大河ドラマのテーマと言えば楠正成か平清盛ぐらいしか無いのです。去年、神戸市立博物館の学芸員の人から聞いた話では、龍馬伝を製作する時に博物館にNHKから連絡があって勝海舟が作った「神戸海軍総錬所」の配置などの資料が無いかと聞かれたそうですけど。
とはいえ、実際は楠正成は神戸の湊川で戦死して、その場所は楠正成公を祀る湊川神社として残っているわけですが、単に「湊川の戦いで戦死してそこに神社がある」というだけで、話のストーリーとして神戸の街が大きくクローズアップされるわけでもないのです。
今でこそ「楠公さん」として神戸の人間には親しまれている楠正成で、足利氏と違って帝に忠誠をつくしたエライ人というイメージでとらえていますが、江戸時代までは現在の壮大な湊川神社の場所に小さな祠が建てられていただけで、それも「歯痛に効く祠」として地元で親しまれていたそうですが、楠正成の功績というのはほとんど伝えられていなかったそうです。
それが「大日本史」を編纂した水戸黄門こと徳川光圀が格さん助さんを神戸まで遣わせて調べさせた結果、改めて楠正成が評価されるようになったそうです。
そして明治天皇の時代になって北朝系の明治天皇は南朝系の楠正成の霊を鎮めるために湊川神社を創建しました。
単なる神戸の観光案内みたいですが・・・
で、今年の大河ドラマは平清盛。きたねきたね~ 楽しみにしてたのよ。
清盛の娘、平徳子を朝廷に嫁入りさせて出来た子どもの安徳天皇の外祖父として清盛が権勢をふるった上に安徳帝を引き連れて神戸の福原に遷都するストーリーになるはずで、大和田の泊の港の整備とか今の神戸の街の基礎の基礎となる話が出てくると思われるので今から楽しみです。
現在では神戸で「福原」と言えば、東京でいう「吉原」とか、岐阜でいう「金津園」とか、滋賀でいう「雄琴」と同義語ですが当時の福原はもっともっと大きかったのです。
そう言えば「せんとくん」と言えば奈良のキャラクターとして有名ですが、そのもっと前に福原のキャラクターとして「せんとくん」が存在したそうです。
数年前までの大河ドラマって妙にジャニーズを使って、その補助に里見光太郎レベルの大御所を配役するって感じで画面にどうしても安定感が無かった気がするけど、最近は確かに男前を揃えるけども個性派俳優を使ってアングルにも工夫があるので面白い。
なんていう評論は飲み屋のカウンターでするようなレベルの話なんだけども、僕が税金を払ってる県の首長がどうも訳の分からんことをいうておるみたいで悲しくなる。
初回の放送を観て、まずは「画面が暗くて見る気にならない」「兵庫県の観光客誘致に影響する」とな。
平安時代の庶民や武士のイメージを出すための手法として僕は良かったと思ったけど、そう思う人もおるんだな。
かなり県庁に抗議の電話が入ったそうで。そりゃそやろ。
いや確かにね、僕が若かりし頃、会社でも資料を作って高齢のエライさんに持って行くと「こんな小さい字、読めるか!見にくいわ!!」と怒られること多かったんです。
それでですね、とっておきの裏技ですけど、プレゼン資料を作る時は必要以上に大きな文字にして見やすいように沢山の色を使ってとにかく高齢者にやさしい資料を作るんです。そしたら結局プレゼンの結果を左右する高齢のエライさんのウケが良くて採用になることって結構多かったんです。
話がそれましたけど今日の知事さんの発言→ 神戸新聞の記事 「兵庫県知事「見直し期待」 大河に改めて注文」
この記事の中で特に気になった所。
「今の段階で画面を変えると言えば、全面敗北することになるからそうは言わないでしょう。世論が『やっぱり(見にくい)』ということになれば見直さなければならなくなる。そういう動きになることを期待する」と述べた。
自分の考えに盤石の自信を持っておられるようです。
この人、昭和20年8月10日誕生とHPに書いてあるので終戦の日の5日前に産まれた事になる66歳。
県内のたつの市の出身であの丸山弁護士と小学校の同級生らしいです。
そして東大法学部から自治省に入省。
2001年8月に県知事になって3期目。任期は来年まで。
多分、今の任期が終わると引退するつもりでしょう。
今後、関西の行政は橋下氏率いる「大阪維新の会」の動向に大きく影響される事になると思います。
我が県の知事は関西広域連合のリーダーもしているのですが、伊丹空港の廃止を巡って大阪府知事の時の橋下大阪市長と対立した事もあって、「触らぬ神に祟りなし」と任期中は橋下さんにつかず離れずしながらまっとうするつもりでないかと僕は思います。
もうこれは任期までまっとうしてほしくないな。
最後にウイキペディアからこの人の発言集をコピペ
2001年7月29日の兵庫県知事選挙にて初当選を果たすも、同年7月21日に起きた明石歩道橋事故で、明石警察署の対応に不手際で多数の死傷者が出たことに対し、「私には全く関係の無い話」「選挙期間中に知事が実質空席状態だから、知ったことではない」と発言。
2006年9月26日の定例記者会見で、「飲酒運転をしたから直ちに免職というのは、行き過ぎているのではないか」「懲戒処分としてのバランスを余りにも欠き過ぎている」と発言した。
2010年3月16日、日本政府が当時検討中の高校無償化法案の対象から朝鮮学校を除外する方針について、井戸は「拉致問題の解決と引き換えにするような問題ではない」と発言し批判、その上で、「基本的に、他の外国人学校と差を設ける必然性は、兵庫県としては無いのではないか」と述べ、独自に補助する考えを示した。これに対し、同月23日までに、兵庫県庁と神戸朝鮮高級学校に宛てて、井戸の発言に抗議する内容の脅迫状が、薬莢やカッターナイフの刃とともに郵送され、兵庫県警が脅迫容疑で捜査を行っている。
2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』の初回(1月8日)の視聴率が低かったことに関して、井戸は「うちのテレビの調子が悪くなったのかと思うような画面で、鮮やかさが無く薄汚れた感じだった」などと批判する発言を行い、その上で、NHKへの改善を申し入れる可能性もあるとコメントした。この発言に対しては、兵庫県庁に電話や電子メールで「番組内容に介入するような発言はすべきでない」などの批判が多数寄せられている
言葉狩りをするつもりはありません。しかし人の発言というのはその人の基本的な考え方を如実に表わすものです。特に知事という立場になると飲み屋のカウンターでしゃべってるおっさんとは発言の重みが全く違いますよね。
命っ!
今日はオカンの70歳の誕生日です。だから酔ってます。酔っ払って書いてます。うひひ
先週いっぱいでおおよその得意先あいさつ回りは済んだのですが、仕事では新年早々またまた無理難題ややこしい問題がありましてストレス満開でございます。
ややこしい問題とは、簡単に言うと「お宅の会社は財務内容が悪くて倒産する可能性が高いから、今までの条件で取引するわけにはいきませんねん。そやから今まで手形でもらってたのを現金にしてもらえまっか?それが無理なら取引停止ですわ」という話をするために何度も新幹線に乗って、ある取引先の社長との交渉をしてるわけです。
「お前の会社は自分さえ助かったらエエのか?!長い取引を続けてきたのにそんなもんか!?」などと罵声を浴びせられるのですが、引きさがるわけにはいかないのです。月平均500万円の売り上げで90日サイトの手形をもらうということは1500万~2000万円のリスクを常に抱えると言う事なんです。中小企業にとってはそんな金額でも大きなボディブローになるんです。
どうするのが健全な商いなのかは正直分かりません。
先述の「自分さえ良ければいいのか」とか「お前みたいな冷たい奴はいない」とか「我々に死ねと言うのか」とか、こんな話をする時や値上げの話をする時は大抵そんな言葉を聞く事になるんですが、別に僕個人で言ってるわけではなくてほとんどは会社の方針として社内協議の上で言ってるんですが、どうしても個人的に攻撃されるのが営業という仕事のサガでもあります。
辛いけどね・・・仕方が無いんです。こちらも大勢の従業員と仕入れ先があるんです。割り切ります。
それで僕という人間が嫌われて悪者にされてもこれはもう仕方がないことなんです。
そんな話とリンクするんですが、今週は1月17日に阪神大震災から17年目の日を迎えました。東日本大震災後初めての阪神大震災の日でした。
改めて6400人余りの犠牲になられた方々の御霊に祈りを捧げながら、その前後にあった出来事で命の尊さを改めて考えたのでした。
その当日の1月17日は「こずみっく」で行われた「阪神大震災追悼ライブ」で黙とうしました。
この日のフードは「避難所で食べたものを再現」・・・ってことで粕汁とおにぎり

缶詰もろもろ

美味しいのとボリュームがありすぎて「あの時を思い出す」というよりも「お腹いっぱいでごちそうさん・・・」ってな感じ。
とはいえ、僕は阪神大震災の時は京都に住んでたので大きな被害を経験したわけではないんですけどね。。。
そして19日の火曜日にあったのが2001年に起こった明石歩道橋事故の当時の警察幹部の強制起訴の裁判。
6年前にもここで書きましたがあの事故のあった日、2001年の7月ですが、その年の10月に結婚を控えていた僕は今の妻である当時の婚約者と一緒にこの現場にいました。
物凄い数の人が海岸で花火を見物して観終わって帰る人と、祭りの雰囲気を味わおうと朝霧駅から押し寄せる人波が幅の狭い歩道橋の上でぶつかり合う状況。その歩道橋の階段を上がりながら「これ、ヤバいんちゃうの?」と言ったことをはっきりと覚えています。
素人の僕でも「これはヤバそう」と思うぐらいなのに裁判では「予知できなかった」と言い張る警察幹部。
結局僕らの目の前であの悲惨な事故は起きました。阪神大震災と共に僕が一生忘れられない出来事です。
そして先週末の事。
去年の年末にうちの会社の社員の男女が社内結婚しました。
忘年会の時に「ヨーロッパに新婚旅行に行ってきま~す。地中海をクルーズしてきます。ハネムーンベイビーが出来たらいいなと思ってます」なんて言って先週の土曜日に関空から元気に旅立って行ったんですが、現地のイタリアに着いて地中海のクルーズ船に乗った3時間後に船が座礁して傾いて大変なことになったのはニュースでご覧の通り。
僕もニュースを見ながら「まさか」と思ってましたがやっぱり乗ってました。なんとか救命ボートに乗って助かったようですがニュースで悲壮な顔をしてインタビューを受けている2人をみた時に本当に命の大切さを感じました。
週明けの23日に彼らは出勤してくる予定ですが、きっと会社のみんなは「夫婦生活は座礁したらアカンで」なんて言うでしょうが、生きててくれたからこそ言えるんです。
生きてたか死んだかってのは文字通り180度違うんです。
そりゃ、事故に遭った本人たちは精神的にはショックでしょうが、まわりの人間から見ると生きてるか死んでるかは全く違うんです。生きてるからこそ冗談も言えるし、なんとでもなるんです。
特に彼らの両親からみれば新婚旅行が台無しになったなんてことはどうでもいい話だと思います。
生きててくれた事実だけが全てだと思います。
だから人間、死んだらアカンのです。何が何でも生きていかなアカンのです。
地震大国である日本に住んでいる限り震災があるのは当たり前と考えなければなりません。
それに対していかに準備するか。
明石の歩道橋事故も以前記事にしましたが、戻る勇気も大切だと思います。
出張族の僕ですが、ビジネスホテルに入ってまずすることは非常階段の確認です。
そして出来るだけ高層階よりも低層階に泊まるようにします。逃げやすいから。
そしてカバンの中には常にこれを入れて持ち歩いてます。
防煙フードといって火災の中を避難する時に煙を吸わないようにかぶるものです。

ビジネスホテルだけでなく、初めて行くビルに入る時は必ず非常階段を意識します。
最近は車に乗っても安全運転するようになったし、どんなことでも安全第一で考えるようになりました。
なんでそんなことするようになったかと言えば実は「ゴルゴ13」を読んでるうちに影響されたんですけどね。
極端な話をすると道を歩いてたら隕石が落ちてきて死んだ・・・なんてことも皆無ではないけども、とにかく自分と家族だけでも守れる体制を常に考えるのが大事だと思うんです。
イタリアの座礁事故では船のスタッフは「大丈夫ですから部屋に戻って下さい」とアナウンスしていたようですが、実際は違ってたわけで。
とにかく日本でも海外でも震災は起こるし津波もくるし、わけのわからん奴に襲われるかもしらんし何があるか分からんけども、とにかく自分の身は自分で守る準備を常日頃からしておくことが大切だと思うのです。
冒頭に書いた「お前は自分さえ助かったらエエのか」と言われた話ですが、決してそんなつもりはありません。
でも・・・いざとなったら究極の取捨選択が必要な時もあるんでしょうね。そんなこと考えたくないけどさ。
先週いっぱいでおおよその得意先あいさつ回りは済んだのですが、仕事では新年早々またまた無理難題ややこしい問題がありましてストレス満開でございます。
ややこしい問題とは、簡単に言うと「お宅の会社は財務内容が悪くて倒産する可能性が高いから、今までの条件で取引するわけにはいきませんねん。そやから今まで手形でもらってたのを現金にしてもらえまっか?それが無理なら取引停止ですわ」という話をするために何度も新幹線に乗って、ある取引先の社長との交渉をしてるわけです。
「お前の会社は自分さえ助かったらエエのか?!長い取引を続けてきたのにそんなもんか!?」などと罵声を浴びせられるのですが、引きさがるわけにはいかないのです。月平均500万円の売り上げで90日サイトの手形をもらうということは1500万~2000万円のリスクを常に抱えると言う事なんです。中小企業にとってはそんな金額でも大きなボディブローになるんです。
どうするのが健全な商いなのかは正直分かりません。
先述の「自分さえ良ければいいのか」とか「お前みたいな冷たい奴はいない」とか「我々に死ねと言うのか」とか、こんな話をする時や値上げの話をする時は大抵そんな言葉を聞く事になるんですが、別に僕個人で言ってるわけではなくてほとんどは会社の方針として社内協議の上で言ってるんですが、どうしても個人的に攻撃されるのが営業という仕事のサガでもあります。
辛いけどね・・・仕方が無いんです。こちらも大勢の従業員と仕入れ先があるんです。割り切ります。
それで僕という人間が嫌われて悪者にされてもこれはもう仕方がないことなんです。
そんな話とリンクするんですが、今週は1月17日に阪神大震災から17年目の日を迎えました。東日本大震災後初めての阪神大震災の日でした。
改めて6400人余りの犠牲になられた方々の御霊に祈りを捧げながら、その前後にあった出来事で命の尊さを改めて考えたのでした。
その当日の1月17日は「こずみっく」で行われた「阪神大震災追悼ライブ」で黙とうしました。
この日のフードは「避難所で食べたものを再現」・・・ってことで粕汁とおにぎり

缶詰もろもろ

美味しいのとボリュームがありすぎて「あの時を思い出す」というよりも「お腹いっぱいでごちそうさん・・・」ってな感じ。
とはいえ、僕は阪神大震災の時は京都に住んでたので大きな被害を経験したわけではないんですけどね。。。
そして19日の火曜日にあったのが2001年に起こった明石歩道橋事故の当時の警察幹部の強制起訴の裁判。
6年前にもここで書きましたがあの事故のあった日、2001年の7月ですが、その年の10月に結婚を控えていた僕は今の妻である当時の婚約者と一緒にこの現場にいました。
物凄い数の人が海岸で花火を見物して観終わって帰る人と、祭りの雰囲気を味わおうと朝霧駅から押し寄せる人波が幅の狭い歩道橋の上でぶつかり合う状況。その歩道橋の階段を上がりながら「これ、ヤバいんちゃうの?」と言ったことをはっきりと覚えています。
素人の僕でも「これはヤバそう」と思うぐらいなのに裁判では「予知できなかった」と言い張る警察幹部。
結局僕らの目の前であの悲惨な事故は起きました。阪神大震災と共に僕が一生忘れられない出来事です。
そして先週末の事。
去年の年末にうちの会社の社員の男女が社内結婚しました。
忘年会の時に「ヨーロッパに新婚旅行に行ってきま~す。地中海をクルーズしてきます。ハネムーンベイビーが出来たらいいなと思ってます」なんて言って先週の土曜日に関空から元気に旅立って行ったんですが、現地のイタリアに着いて地中海のクルーズ船に乗った3時間後に船が座礁して傾いて大変なことになったのはニュースでご覧の通り。
僕もニュースを見ながら「まさか」と思ってましたがやっぱり乗ってました。なんとか救命ボートに乗って助かったようですがニュースで悲壮な顔をしてインタビューを受けている2人をみた時に本当に命の大切さを感じました。
週明けの23日に彼らは出勤してくる予定ですが、きっと会社のみんなは「夫婦生活は座礁したらアカンで」なんて言うでしょうが、生きててくれたからこそ言えるんです。
生きてたか死んだかってのは文字通り180度違うんです。
そりゃ、事故に遭った本人たちは精神的にはショックでしょうが、まわりの人間から見ると生きてるか死んでるかは全く違うんです。生きてるからこそ冗談も言えるし、なんとでもなるんです。
特に彼らの両親からみれば新婚旅行が台無しになったなんてことはどうでもいい話だと思います。
生きててくれた事実だけが全てだと思います。
だから人間、死んだらアカンのです。何が何でも生きていかなアカンのです。
地震大国である日本に住んでいる限り震災があるのは当たり前と考えなければなりません。
それに対していかに準備するか。
明石の歩道橋事故も以前記事にしましたが、戻る勇気も大切だと思います。
出張族の僕ですが、ビジネスホテルに入ってまずすることは非常階段の確認です。
そして出来るだけ高層階よりも低層階に泊まるようにします。逃げやすいから。
そしてカバンの中には常にこれを入れて持ち歩いてます。
防煙フードといって火災の中を避難する時に煙を吸わないようにかぶるものです。

ビジネスホテルだけでなく、初めて行くビルに入る時は必ず非常階段を意識します。
最近は車に乗っても安全運転するようになったし、どんなことでも安全第一で考えるようになりました。
なんでそんなことするようになったかと言えば実は「ゴルゴ13」を読んでるうちに影響されたんですけどね。
極端な話をすると道を歩いてたら隕石が落ちてきて死んだ・・・なんてことも皆無ではないけども、とにかく自分と家族だけでも守れる体制を常に考えるのが大事だと思うんです。
イタリアの座礁事故では船のスタッフは「大丈夫ですから部屋に戻って下さい」とアナウンスしていたようですが、実際は違ってたわけで。
とにかく日本でも海外でも震災は起こるし津波もくるし、わけのわからん奴に襲われるかもしらんし何があるか分からんけども、とにかく自分の身は自分で守る準備を常日頃からしておくことが大切だと思うのです。
冒頭に書いた「お前は自分さえ助かったらエエのか」と言われた話ですが、決してそんなつもりはありません。
でも・・・いざとなったら究極の取捨選択が必要な時もあるんでしょうね。そんなこと考えたくないけどさ。
年明け多忙
新年が始まって2週間。完全に正月気分は抜けてますが鏡割りもまだでしたね。
今年は4日の初出からあいさつ回りをして7~9日の連休で義母の家のウッドデッキを作って全身筋肉痛になって休み明けの火曜日からまたあいさつ回り出張。
まずは火曜に岡山県の主要得意先を回ってから夕方に山陰に移動。
いつもなら松江に泊まって居酒屋めぐりをするところですが、全身筋肉痛を治すためと年末年始の暴飲暴食(年中だけど)を癒すために鳥取県米子の皆生温泉へ宿泊。

皆生温泉のホテルと言っても温泉街からかなり離れた住宅地の中にありますが、朝夕の2食付きで6490円で源泉かけ流しの温泉と言うのを楽天トラベルで見つけて即予約。
夕食も値段の割には・・・。

刺身に鍋物に小鉢にカキフライに出雲蕎麦に茶碗蒸し。焼酎は一杯480円。
鍋物は手羽先が煮られてます。

ご飯ものはカニ釜めしでっせ。

とはいえズワイでなくてセコガニですがこれもまた美味しい。

でも温泉宿に一人で泊まるってのも寂しいもんですよ(笑)

水曜日、帰神して家で寝る。
そして木・金と今度は電車で岐阜へ。
木曜の夜は得意先と新年会。岐阜の中心部からタクシーに乗って山道を走ること30~40分。
タクシー代片道約7000円の末にたどり着いたのは築100年の古民家を改造したというお店。

ここの名物はウナギ、鮎などの川魚と猪、鹿といった肉類。
お店の裏に水槽があって魚が泳いでました。そしてその隣にはオリがあって・・・。
頂いたのはボタン鍋。

味噌味で食べます。丹波篠山や京都の北部で食べるボタン鍋よりはかなり薄くスライスされていてしゃぶしゃぶ的にも頂けます。全く臭みなし。
鹿肉のユッケもこれまた美味し。

鍋の締めはとってもコシのある美味しいうどんでした。

→こちらのお店。
そしてまたタクシーで岐阜の街に降りてみんなでスナックへ。ここもまたママが魅力的でええ店やった・・・。

なおかつ料金的には神戸の半額、新地の3分の1。
岐阜ってのは以前も「激安鮎つくしコース」などを紹介したことありますが、海のない県であることの反面、「山のもの」と「川魚」に関しては抜群の所です。
よし、今年も頑張ろう。
今日の土曜はこれまた早起きして「ヒメセン」へ。
去年はポートアイランドでしたが今年はここのスケート場で年2回の子供のアイスホッケー教室があるんです。どこのホッケーの選手たちも同じでしょうが、スケート場の営業時間外に練習してます。つまり早朝か夜です。
てなわけで前日の二日酔いの体を6時前にたたき起こされて6時15分出発。眠いちゅうねん。


今回は娘っこの方も体験させてもらいました。

小さい子供ってのはさすがに純粋で「滑ると怖い」とか「こけたら痛そう」なんていう感覚があまりないので、すぐに上達して、あっと言う間に一人でスイスイ滑ってます。

このまま真央ちゃんみたいになってもらおうか。
そんなわけで10時のスケート場の開園時間に合わせて解散。
けども「ヒメセン」と言えば遊園地とサファリパーク。そちらも堪能しましたよ。
一緒に行っていた友達家族の車に乗せてもらってサファリを回ります。







アフリカではなくて姫路の山奥です。姫路城からさほど遠くない場所です。
う~~ん、動物園と違ってこの感覚楽しい!
ただね。。。独身時代に一度このサファリに来た記憶があるんだけど、その時一緒に来たのが嫁はんだったのかそれとも違う女の子だったのかがどうしても思い出せずにいて悶々としながら乗ってました。
あれは誰だったのかなぁ。。。嫁はんやったような気もするけど10年以上前の話やしなぁ。。。
ヤギさん教えて。

そういや、あの頃はまだデジカメが普及してなくてこんな自販機が観光地に行くと必ずあったけど今でも残ってるのはすごいなぁ。

あの頃・・・「カピパラが可愛い~~」とか言ってた覚えもあるねんけど、ほんまにあれは誰やったんかなぁ。。

カピパラは足が可愛いねん。

そこで嫁はんが口を開いた。
「そういえば、昔一緒にここに来たことあるよなぁ・・・」
「うん、あるある~」と言っておいたけど、嫁はんも違う男の記憶かも知らんし僕の記憶も定かではない。
ま、えっかぁ。
あれは嫁はんに違いない。そういうことにしとこ。
全然関係ないけど、うなぎ2号さんとこの卵で山芋たんざくをやってみたら白身を捨てるのがもったいなくて全卵で入れてみた。やっぱりいけた。

今年は4日の初出からあいさつ回りをして7~9日の連休で義母の家のウッドデッキを作って全身筋肉痛になって休み明けの火曜日からまたあいさつ回り出張。
まずは火曜に岡山県の主要得意先を回ってから夕方に山陰に移動。
いつもなら松江に泊まって居酒屋めぐりをするところですが、全身筋肉痛を治すためと年末年始の暴飲暴食(年中だけど)を癒すために鳥取県米子の皆生温泉へ宿泊。

皆生温泉のホテルと言っても温泉街からかなり離れた住宅地の中にありますが、朝夕の2食付きで6490円で源泉かけ流しの温泉と言うのを楽天トラベルで見つけて即予約。
夕食も値段の割には・・・。

刺身に鍋物に小鉢にカキフライに出雲蕎麦に茶碗蒸し。焼酎は一杯480円。
鍋物は手羽先が煮られてます。

ご飯ものはカニ釜めしでっせ。

とはいえズワイでなくてセコガニですがこれもまた美味しい。

でも温泉宿に一人で泊まるってのも寂しいもんですよ(笑)

水曜日、帰神して家で寝る。
そして木・金と今度は電車で岐阜へ。
木曜の夜は得意先と新年会。岐阜の中心部からタクシーに乗って山道を走ること30~40分。
タクシー代片道約7000円の末にたどり着いたのは築100年の古民家を改造したというお店。

ここの名物はウナギ、鮎などの川魚と猪、鹿といった肉類。
お店の裏に水槽があって魚が泳いでました。そしてその隣にはオリがあって・・・。
頂いたのはボタン鍋。

味噌味で食べます。丹波篠山や京都の北部で食べるボタン鍋よりはかなり薄くスライスされていてしゃぶしゃぶ的にも頂けます。全く臭みなし。
鹿肉のユッケもこれまた美味し。

鍋の締めはとってもコシのある美味しいうどんでした。

→こちらのお店。
そしてまたタクシーで岐阜の街に降りてみんなでスナックへ。ここもまたママが魅力的でええ店やった・・・。

なおかつ料金的には神戸の半額、新地の3分の1。
岐阜ってのは以前も「激安鮎つくしコース」などを紹介したことありますが、海のない県であることの反面、「山のもの」と「川魚」に関しては抜群の所です。
よし、今年も頑張ろう。
今日の土曜はこれまた早起きして「ヒメセン」へ。
去年はポートアイランドでしたが今年はここのスケート場で年2回の子供のアイスホッケー教室があるんです。どこのホッケーの選手たちも同じでしょうが、スケート場の営業時間外に練習してます。つまり早朝か夜です。
てなわけで前日の二日酔いの体を6時前にたたき起こされて6時15分出発。眠いちゅうねん。


今回は娘っこの方も体験させてもらいました。

小さい子供ってのはさすがに純粋で「滑ると怖い」とか「こけたら痛そう」なんていう感覚があまりないので、すぐに上達して、あっと言う間に一人でスイスイ滑ってます。

このまま真央ちゃんみたいになってもらおうか。
そんなわけで10時のスケート場の開園時間に合わせて解散。
けども「ヒメセン」と言えば遊園地とサファリパーク。そちらも堪能しましたよ。
一緒に行っていた友達家族の車に乗せてもらってサファリを回ります。







アフリカではなくて姫路の山奥です。姫路城からさほど遠くない場所です。
う~~ん、動物園と違ってこの感覚楽しい!
ただね。。。独身時代に一度このサファリに来た記憶があるんだけど、その時一緒に来たのが嫁はんだったのかそれとも違う女の子だったのかがどうしても思い出せずにいて悶々としながら乗ってました。
あれは誰だったのかなぁ。。。嫁はんやったような気もするけど10年以上前の話やしなぁ。。。
ヤギさん教えて。

そういや、あの頃はまだデジカメが普及してなくてこんな自販機が観光地に行くと必ずあったけど今でも残ってるのはすごいなぁ。

あの頃・・・「カピパラが可愛い~~」とか言ってた覚えもあるねんけど、ほんまにあれは誰やったんかなぁ。。

カピパラは足が可愛いねん。

そこで嫁はんが口を開いた。
「そういえば、昔一緒にここに来たことあるよなぁ・・・」
「うん、あるある~」と言っておいたけど、嫁はんも違う男の記憶かも知らんし僕の記憶も定かではない。
ま、えっかぁ。
あれは嫁はんに違いない。そういうことにしとこ。
全然関係ないけど、うなぎ2号さんとこの卵で山芋たんざくをやってみたら白身を捨てるのがもったいなくて全卵で入れてみた。やっぱりいけた。

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